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マーケティングで社会を動かすために。 異業種転職の壁を乗り越え、“なりたい自分”を目指す #トライバルのマーケター

こんにちは。マーケティングデザイン事業部でゼネラルマネージャーを務める太田です。
今回は、大学時代から発展途上国に関わる仕事を目指していた私が、新卒から約7年間のキャリアを経た上で、現在のデジタルマーケティングの世界へ飛び込むまでを振り返ってみました。

太田 裕美子(おおた ゆみこ)
マーケティングデザイン事業部 ゼネラルマネージャー
大学卒業後、途上国の開発コンサルティングやNGOなどでキャリアを積み、2016年にトライバルへ入社。現在は大手企業の海外向けマーケティングにおける戦略策定からソーシャルメディアの運用支援、ワークショップの講師まで多岐にわたって活躍中。趣味は登山🗻

一年の半分は海外生活。発展途上国に貢献するため、現地の課題と向き合っていた新卒時代

10代のころから、発展途上国にかかわる仕事がしたいと考えていました。

将来は国連に入ると決め、南カルフォルニア大学を卒業した後は開発コンサルティング企業に入社。国連に入るには修士号が評価されるため、また、そのために途上国開発で名の知れた大学院に入るには、実務経験が有利になるからという理由で選んだキャリアでした。

開発コンサルティングとは、主に日本政府から委託され、発展途上国の開発事業を行う仕事です。開発分野は土木や農業、人々の能力開発など多岐にわたり、途上国事業のなかでもフィールドに長期間滞在できる「現場の仕事」でした。

はじめは「CV(履歴書)にそれなりの箔がつき、経験を積むことができれば……」という思いで入った会社でしたが、何の駆け引きもなく一番純粋に仕事を楽しめていた毎日。

しかし同時に、スケールが大きいからこそ、「自分が仕事をした」という実感があまり持てず、達成する喜びを共有する人もいませんでした。
そんななか、希望していた大学院に受かり、本当にスパッと辞めたのが4年目の夏。いま振り返ると、当時はまだまだ自分勝手な20代だったと感じます。

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▲2011年の写真。ケニアで出会った子どもたちと

きっかけは海外での地道な市場調査。マーケティング業界への転職を意識し始める

大学院を修了した私が進んだのは国連ではなく、日本企業の新興国事業に関するコンサルティングを行うNGOでした。当時はソーシャルビジネスが流行っていたこともあり、海外で社会課題を解決する企業のコンサルティングをしていました。
このときも国連への憧れはあったものの、競争の激しさに躊躇し、本当は挑戦をせずに終えただけ……。

それでも、途上国の現地パートナーと密にやり取りをしていく中で「この人たちの生活を良くできるかは自分次第なんだ」と本気で思い、キャリアのためではなくこの人たちの役に立ちたいという使命感が芽生えました。

「どんな商品がどのくらいの値段で売れるのか?」「どうすれば売れるのか?」といったマーケティングの視点を持ち、消費者に対して地道に現地で調査をしていくうちに、前職で得られなかった“手応え”を感じられるように。そしてこの手応えによって、かつて抱えていた違和感が払拭されました。

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同時に、「おそらくNGOにできることは限られる」と気づいたのもこの頃です
当時の私がプロジェクトを担当していたケニアやバングラデシュといった国では、現地の人が自ら欧米の企業から投資を受けて、太陽光発電や農業灌漑(かんがい)などに携わるスタートアップを起業していました。

日本からのプレイヤーが高品質だけれど価格も高い日本の製品を活用するために時間をかけている間に、地元のスタートアップ企業は安価な他国の製品を使い、資金援助からサービス化まですべて企業同士の契約だけでやりきる――そんなプロジェクトのスピード感は、政府が主導する開発事業の3倍以上の速さだったと思います。「これからはこういった事業を通じての社会課題の解決が主流になるだろう」と確信できるくらいの変化を目の当たりにしました。

今でも発展途上国に貢献したいという気持ちは変わらないのですが、事業に貢献するだけではなく、スピード感のある仕組みや空気づくりが必要だと気づくように。たとえばインドのオーガニックコットンでつくったTシャツを売りたいとき、値段がファストファッションの5倍以上だったとしても、人はどんなときにそれを「買いたい」と思うのか。その理由づくりや、それを買った方がいいと思わせる空気づくりができたら……!

こうして、やりたいことを突き詰めていくうちにたどり着いたのが、スピード感のあるデジタル領域のマーケティング事業でした。

とはいえ、この決心するには1年以上悩みました。「これまで約7年ものあいだ積み上げてきたキャリアを棒に振るかもしれない。本当にすべてを手放せるだろうか?」という不安。そして、当時マネージャーを務めていたため、「会社に残るメンバーにこの後どう託したらいいのだろうか?」という心配。最終的には、1年の半分が海外生活という状況を変えて生活基盤を整えたいという思いと、新たな業界に飛び込むにはこれが最後かもしれない! という思いが転職への直接的な動機に。自分のなりたい姿を追求すべく、異業種であるマーケティングの世界へ飛び込む決心をしました。

ちなみに、当時感じていたことは「TEDx」に参加した際のスピーチでも述べているので、興味のある方はぜひご覧ください。

やりたいことは、実力を示してから。明確な目標設定で信頼を勝ち取る

何社か受けたうち、トライバルを選んだ理由は「あ、ここで働きたいな」という非常に直感的なものでした。
実はほかにも受けていたのですが、長く働けることを条件に、また自分のライフスタイルに合った働き方ができるかどうかを重視していたので、トライバルへの入社を決めました。

入社後3カ月は、ソーシャルメディアを活用したマーケティングに深く携われる案件に入ることに。全く異なる業界から来たのですが、不思議とギャップはあまり感じませんでした。もちろん初めて聞く用語や内容も多かったのですが、今まで培ってきた経験をベースに新しいことを吸収していくような感覚でした。

初めて経験する業界なので、まずはマーケティングについて学ぶことに専念。前職の経験を活かすため当初から海外案件に携わることを希望していたのですが、希望の仕事にたどり着くのはやはり簡単なことではなく、最初の1年は国内案件に集中しました。

「自分はなにをしたいのか?」「どうなりたいのか? 」と、なりたい姿を明確にイメージして目標設定し、2018年には希望していた海外の案件のPM(プロジェクトマネージャー)に。

待っていてもやりたいポジションは降ってこない、自分でとりにいくものだという考えを持ち、とにかく信頼を得るために実力を示すことに注力していました

大切なのは「謙虚であること」と「学ぶ姿勢」を持ちつづけること

異業種からの転職は最初の数年がとにかく大変で、大変であることを前提に頑張る覚悟がなければ、続けていくのは難しいです。

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異業種から転職してきた仲間と仕事をしていると、「他の業界から来たので分かりません」と言う人もいるのですが、異業種出身であることをできない・わからないことの言い訳にするのではなく、一からすべてを学ぼうとする姿勢が大事です。

自分のやりたいことを実現したいのであれば、むしろそういう姿勢は忘れてはいけないこと。新しいことを本気で吸収しようという、ある意味謙虚な気持ちがないと、新天地での大きな活躍は望めないと思います。

たとえ面接でこれまでの職務経験を網羅したポートフォリオを見せたところで、実際にその会社で求められるレベルのパフォーマンスを発揮できなければ、何の意味もありません。

やるべきことをきちんとこなし「この人なら任せられる」と思われることが、自分の希望を叶える近道になると考えています。

おわりに

2019年10月からはゼネラルマネージャーとなり、マーケティング事業を牽引しながら、スタッフのマネジメントにも注力してきました。

2020年度からは新たなチャレンジとして、環境保護やジェンダーの平等など、世界的に注目されているSDGs分野の施策を取り入れようとしている企業の支援を積極的に行っていきたいと考えています。
前職までの経験を活かしながら新たな挑戦できるということと、未来を創っていけるというこの状況に、いまとてもワクワクしています。

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